6. 甲州街道サイクリング編 母校自転車愛好会を結成して1年が経った。 1. 自転車愛好会の新たな方向性 よく考えてみると身内メンバーの意見はもっともで、「高校時代の後悔を叩き潰す」という感情はサークル発起人であるテルと僕に共通した強い思いではあるが、愛好会の総意とは言い難い。満たされつつあるこのテーマをいつまでも掲げ続けるよりも、新たなテーマを掲げ、次のフェーズに進むのが良さそうに思えてきた。では、どのようなテーマを掲げるのが良いのだろうか? 2.新テーマ決定 このところ「草食系・肉食系」という言葉をよく耳にするが、今、マイブームとなっているのが「運動親和系・運動嫌悪系」という分類方法だ。 自分と同じ30代後半の友人や同僚を見回すと、日々の生活にマラソン等のスポーツを積極的に組み込む「運動親和系」が増える一方で、体を動かすことを極端に嫌う「運動嫌悪系」も増えている。年齢と共に運動との関わり方の二極化が進んでいるようだ。 自分はというと、就職してから十数年「運動嫌悪系」に居座り続けてきた。会社敷地内に停めたオートバイから自分のデスクまでの数歩歩くだけの極端に体を動かさない日々に体力・体型・体調は次第に悪化、『このままではマズイ!』と心に鞭を打ち水泳やジョギング、テニス、フットサル等をはじめてみるも、根本的に運動が嫌いなため、どれも長くは続かない。 そんな中、自転車旅行で少しでも遠くへ行けるようにと始めた最寄駅までの自転車通勤は、1日400円のバス代節約や、終バス時間を気にせずにいられる効果も手伝い生活にうまく根付いた。 こうして手に入れた「運動親和系」の日々は、緩んだ体を少しづつ若返らせ、さらには気持ちまでもを若返らせる好循環を生み、単調な毎日に新しい風を吹き込んでくれるのであった。 「老化」を実感として感じ始めた我々団塊ジュニア世代にとって、いつまでも健康で若々しくありたいというのは共通の思いであり、自転車を「気軽に運動を行え、若さと健康を維持するためのツール」として捉えれば、皆で共感し合える新テーマを生み出せそうだとひねり出したのがこんな言葉だ。 『 Forever Young 〜あの頃の空を探して〜 』 「Forever Young」という部分は読んで字の如く前向きで若々しい体と心を持ち続けようという意味、そして「〜あの頃の空を探して〜」というサブテーマを付け加えたのは、「美容」とか「エステ」のように(表面的な)若返りではなく、活き活きと体を動かすことで、内面からの本質的な若返りを楽しみながら手に入れたいという思いを表わしたいと考えたから。 なんだか口にするのも恥ずかしいようなテーマとなってしまったが(笑)、この言葉を旗印に、かつて時間を忘れて遊び回った少年の頃のようにワクワクとした楽しい時を自転車を通じて実現しようではないか!!! 3. 新テーマ具現化の方策 せっかく決めた新テーマを「絵に描いた餅」にしないために、これを具現化する企画を考えてみる。 4. かつみ食堂(町田〜小淵沢)サイクリング (2009年5月4日) そんな気持ちで迎えたゴールデンウイーク、爽やかで気持ちの良いこの時期に自転車に乗らないのはもったいないと、連休前半に(横浜開港150年祭とマス釣りに行き)家族サービスを済ませ5月4日にFREE DAYをゲット!丁度予定を空けられるというアベチャンと自転車自走で甲府に住む高校同窓生「マスター」のとんかつ屋「かつみ食堂」に飯を食いに行くことにした。
『この嫌な痛みはビンディングシューズのせい?でも何故右足だけ?』 痛みの原因を探り色々試しながら走るうちに、僕のペダリングには右足を引き上げる時に踵を外側にひねる癖があると気付く(通学・通勤時ズボンの裾がチェーンに挟まらぬよう気を使ううちにこの癖が身に付いてしまったようだ)。この癖を許さないビンディングシューズの足の固定が痛みの原因のようだ。 『昼の営業時間の到着、ちょっと厳しくなってきたぞ。』 のどかな田園風景の中を単独走行していると、JOMOジャージのローディー(プロ?)のおじさんが、追い抜きがてら並走し話し掛けてくる。 「ここはフロントはインナーに入れた方がいい(ギアを軽くした方がいい)。ケイデンス50位で走ってると思うけど、軽いギアで65位まで上げてで走らないと脚が持たないよ。」 親切なおじさんのアドバイスに従いつつ、ヘロヘロになりながらアベチャンの待つ新笹子トンネル入り口に到着。 さて、本日最大の難関はココからだ。昭和33年に関門トンネルに次ぐ日本第2位の長さ(2953m)を誇り開通したこの新笹子トンネルは設計が古く、歩道なしの対面通行で道幅が7mしかない。笹子峠を越える6kmの迂回ルートを使えばこのトンネルを通らずに勝沼側に抜けられるが、平均勾配10%の笹子峠を登る気力や時間はもはや残ってない。排気ガス対策のマスクを装着、車から見えやすいように白いウインドブレーカーを着て、ライトを点灯、いざ新笹子トンネルに突入! 『ヤッホー!やっと抜けたぞ!後は下るだけだぁぁぁ!』 トンネルを抜けた解放感と下り坂の爽快感に自然と声がでる。上り坂でのタイムロスを打ち消すように快調に飛ばし(MAXスピード52.5キロ)、勝沼を超え甲府に入る。何とかかつみ食堂昼の営業時間中に到着できそうだが、閉店の13時ギリギリになりそうなので店の近くから電話を入れる。 「あれ、夕方来るんじゃなかったの?もうお昼締めちゃったよ。」 マスターはこれから配達に出るそうで、復路中に時間があれば寄ると伝え、近くのコンビニで弁当を食べながら今日これからの計画を練る。
しかしながら午前中の慣れないビンディングシューズでのタイムアタックがたたり、須玉を過ぎたあたりで脚の痛みと疲労で重めのギアは踏めなくなり軽めのギアでの回転数重視走行に切り替えるが、長坂の地名通り長い坂に次第に回転数も落ちてしまう。巡航速度が時速10キロ以下に落ち、全く疲れていない様子のアベチャンに、「まっちは上り坂を練習せにゃいかんな」と言われてしまう(涙)。
『あらら、今日中に家に帰れなくなっちゃったじゃん!』 呆然としながら時刻表を良く確認すると、この後すぐ八王子行きの特急「スーパーあずさ」の最終便が来るようで、これに乗れば八王子まで辿り着けるようだ。急いで2490円の特急券を買い、この電車に乗る。<br>八王子から、JR、京王線を乗り継ぎ、自宅最寄り駅で自転車を組み立て11時半頃帰宅。もうしばらく自転車は見たくないって感じ(笑)。 【走行データ】
5. 38才の誕生日 この「かつみ食堂サイクリング」の1週間後に38歳の誕生日を迎えた。 そんな風に考えるうちに、「このまま30代を終わらせる訳にはいかない!」という焦りのような気持ちに心捕われる。 『では、自分は今何をやりたいの?何をやれば満足して30代を卒業し、納得して40歳を迎えられるの?』 そんな自問自答を繰り返すうちに、愛好会新テーマ『Forever Young〜あの頃の空を探して〜』を具現化するイベントをやりたいという気持ち(3、新テーマ具現化の方策に記載)と、今回の「かつみ食堂サイクリングで諏訪湖まで走り切れなかった悔しさ」が結びつき、こんなアイデアが生まれる。 『30代の総決算(10年に1度の大イベント)として、日本海まで走るイベントをやろうじゃないか!』 日程は僕ら同期にとって30代最後となる2011年ゴールデンウイークと勝手に決定!まだまだ先の話ですが、まっち単独でも行く所存で密かに(?)計画中ですのでぜひ賛同して頂ける方一緒に走ろう。 6. 小淵沢〜糸魚川サイクリング(2010年5月4日) (1)計画 「ゴールデンウイーク中は、糸魚川から上野に直通する臨時夜行列車『能登』が走るから、これに乗れば1日で行ってこれるんじゃない?」 『それだ!』とばかりに激激に予定を調整し、昨年小淵沢まで走ったのと全く同じ5月4日に何とかアベチャンとの予定を合わせ、当日では入手が困難という往路輪行用「あずさ」と、復路輪行用「能登」の指定席券を緑の窓口で購入、サイクリング当日の朝を迎えた。 昨年最後に苦しめられた国道20号の「富士見峠」の上り坂の続きは30分程であっけなく終わり、その先はなだらかな下り坂。できるだけペダルは回さず上体を寝かせたり起こしたりして風の抵抗でスピードを調整する「体力温存走り」でほとんど疲労を溜めずに上諏訪駅に到着。 『あと1時間以上あるけどどうしよう?』 150キロを超えるこの先の行程を考えると不安ではあるが、標高1000mの塩尻峠を越えれば後は多分下り坂ばかりでたいしたことはないだろうと、新鮮なおろしたてのワサビで名物のざる蕎麦を食べたり、自転車少年期記にも出てくる足湯に入ったりして時間を潰す。そして遂に間欠泉の噴き出す時間となった。 『えっ、これで終わり?』 温泉は一瞬2〜3m噴き上がったかと思うとすぐに勢いを失いほとんど蒸気だけになってしまった。 自転車少年記には「水柱は2階建ての建物や周りの木々よりも高く吹き上がる」と書いてあり、この巨大な水柱を見た登場人物の草太は「世の中には自分の知らないことがいっぱいある」と感じ、未知の日本海まで走る気力が湧いてきたというのだが、気力が湧くどころかかえって気が抜けてしまった。どうやら最近噴出量が減ってしまったらしいが今年1番の大がっかりである。 『この1時間半を返せ!』 諏訪湖を過ぎてからは松本城を目指して走る。今回最大の難所だと思われる諏訪湖からの標高差250mの塩尻峠を一気に駆け上り、その先の気持ちの良い長い下でMAXスピード時速58キロを記録、そして、坂を下り切った所が長かった甲州街道の終点。この先は国道19号を北上するルートとなるが、松本市街が近づくに連れ信号や車、警官、観光客が増え思うようにペースを上げられない。昼過ぎに到着するはずだった松本城に着いたのは15時半になってしまった。
『だんだん余裕がなくなってきたな。』 暗くなるまでに少しでも距離を稼いでおこうと、巡航速度30キロを目標に走り出すが、国道147号に入るとなだらかな上り坂とまさかの強い向かい風のダブルパンチに見舞われ速度が上がらない。どんなに頑張ってもやっと出せるのが20キロ、遅れを挽回するどころかさらに借金が増えていく。『もうすぐ下り坂になるだろうからそれまでの辛抱だ』と、必死にペダルを回すがここで一気に脚の筋肉を使い果たしてしまい、とうとう速度は10キロを下回る。暗くなるまで走り続けるつもりであったが北安曇郡松川村のセブンイレブンで休憩。『さっきから標高が100m上がってるよ!いつまでこの上り坂続くんだ?』等と雑談を交わしつつ店の片隅でのんびり唐揚棒を食べていると、アベチャンのキツイお言葉 「まっち、この先最低でも時速15キロを維持しないと能登に乗れないよ!」 今朝もスーパーあずさに乗り遅れかけた楽観主義者のアベチャンのこんな発言に急に血の気が引いていく。休んだ分だけこの先平均時速を上げねばならないと思うと、のんびり休む気も失せ、全く疲れを見せないアベチャンに、『まあ、ゆっくりしててよ』と言葉を残し、唐揚げ棒をくわえて一足先に走り出す。 そして、木崎湖、青木湖を過ぎるとようやく下り基調となり平均速度がグッと上がる。 これまでの借金が減り、消え掛けていた希望の光が再び大きくなるにつれ気持も晴れやかになる。陽が沈むに連れ急に寒くなるが「田舎の夕暮れ」を楽しみながらイケイケモードで走り続け『ここまで来ればもう能登に乗れるだろう』と思えるセブンイレブン白馬神城店まで走り休憩。 『どうしてこんな肝心な時に、、、。頑張ってくれよ、俺の左足!』 下り坂ではなんとかペースを保てるものの、平地や上り坂ではガクッとペースが落ちてしまう。前を走るアベチャンの背中は暗闇に消え、再び孤独な自分との戦いとなる。 「神は(その人が)越えられる試練しか与えない」というのは僕の大好きな言葉であるが、この傷ついた脚で残り40キロを走り切れるのだろうか? 『神様もう盛り上げ過ぎだって!』 「まっち、ここに駅あるよ。」 この言葉が「完走はあきらめ糸魚川まで輪行した方がいいのでは?」という意味を持ち、時間からしてこれが電車に乗る最後のチャンスであろう。しかしながら今回のルートは自分で決めただけにどうしても電車に乗る気になれない。「楽勝楽勝!」なんて言いながらアベチャンにルート説明をした今朝の自分が脳裏に浮かび、反射的に『このまま行こう!』と口から言葉が出て駅前を通過。 と決意を新たにするも気持ちとは裏腹に膝の痛みは酷くなるばかり。コンビニ(ローソン小谷店)の明かりを見つけ休もうとするが、脚が上げられず自転車から降りることすらできない。仕方なく自転車を抱えて倒れ込む無様な方法で降りる。倒れた自転車を起こす元気もない。 『確実に追い込まれているな(やっぱり電車乗るべきだったかな)』 この厳しい状況の打開策を求め、満身創痍の体を引き摺りコンビニ内を物色。 『脚が動くうちに少しでも距離を伸ばさなくては、、、』 そうこうするうちにスキー場街を抜け10以上のトンネルが連なる県境の峠道に突入。この下り基調だが所々に上り坂が織り交ぜられている峠道には街灯が少なく自転車の貧弱なライトではあきらかに役不足。普段であればスピードを落とすところだが、膝への負担を少しでも減らそうと、うっすらと見えるセンターラインと勘を頼りに暗闇に突っ込んでいく。『前なんて見えなくても結構走れるじゃん』と思いはじめた頃それは起こった。 『ドカッ!』 タイヤチェーンで荒れた路面の凹みに車輪が嵌ったようで、自転車もろとも飛び上がり、一瞬ヒヤリとするが運良く転ばずに持ち堪える。『危なかった、、、。』 『いやー、それにしてもすごい旅になったねぇ。多分今まで旅した中で1、2を争う強い印象の旅になったよ。』 日本海まであと数キロの位置にあるセブンイレブン糸魚川大野店で休憩。時間に余裕ができたので、日帰り温泉「ひすいの湯」に寄り汗を流した後、遂に日本海に到着。せっかくなので展望台に登り満点の星空と夜の日本海をしばし眺める。 『戦いは終わった、、、』 大きな達成感と安堵感。潮の香り、波の音、膝の痛みに、普段の自宅と職場の往復ではほとんど感じられない「生きている実感」を噛み締めていると、ほとんど疲れは無いというアベチャンから珍しくお褒めの言葉。「まっち全然スピード出なくなっちゃうし、すげー辛そうな顔してたからこれはもう完走無理だと諦めてたけど、最後スピード上げてきたのには驚いたよ。よく頑張った。」そんなアベチャンに道中のお礼を言い海を後にする。 糸魚川駅のホームで弁当を食べ、予定通り糸魚川発0時13分の夜行列車急行能登に乗る。翌朝大宮駅で下車し、新宿湘南ライン、小田急線を乗り継ぎ帰宅。長い長い長い1日であった。 このルートラボの「糸魚川ファストラン」のルート、出発地点が高尾山になっているものの僕らが走ったルートとほぼ一緒。 笹子トンネルの際立つ高さや後半のアップダウンが良く分かる。 40歳を目前に控えた来年のGWに「日本海までを一気に走るイベント」を行うつもりで、その下見として昨年、今年のGWでこのルートを走ってみたが、2回に分けても厳しいこのルートを一気にで走るのはいくらなんでも無理がありそうだ。(小説自転車少年記に描写の無いコース後半はすんなり走れると思っていたのが誤算だった。) 〔甲州街道サイクリング編 完 〕
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