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6. 甲州街道サイクリング編  

母校自転車愛好会を結成して1年が経った。
この1年でサークル結成時のメインテーマ『高校時代の仲間と充実した時間を過ごし、楽しみ切れなかった高校時代の後悔を叩き潰す』は、満たされつつあるが、、、



1. 自転車愛好会の新たな方向性
 高校同期の友人に自転車愛好会発足の経緯を語る機会があり、上記メインテーマを力説していると、身内メンバーに『まぁそう思っているのはまっちだけで、俺達は全然そんな風に思ってないんだけどね!』と解説を付け加えられてしまった(笑)。

よく考えてみると身内メンバーの意見はもっともで、「高校時代の後悔を叩き潰す」という感情はサークル発起人であるテルと僕に共通した強い思いではあるが、愛好会の総意とは言い難い。満たされつつあるこのテーマをいつまでも掲げ続けるよりも、新たなテーマを掲げ、次のフェーズに進むのが良さそうに思えてきた。では、どのようなテーマを掲げるのが良いのだろうか?



2.新テーマ決定
 このところ「草食系・肉食系」という言葉をよく耳にするが、今、マイブームとなっているのが「運動親和系・運動嫌悪系」という分類方法だ。

自分と同じ30代後半の友人や同僚を見回すと、日々の生活にマラソン等のスポーツを積極的に組み込む「運動親和系」が増える一方で、体を動かすことを極端に嫌う「運動嫌悪系」も増えている。年齢と共に運動との関わり方の二極化が進んでいるようだ。

自分はというと、就職してから十数年「運動嫌悪系」に居座り続けてきた。会社敷地内に停めたオートバイから自分のデスクまでの数歩歩くだけの極端に体を動かさない日々に体力・体型・体調は次第に悪化、『このままではマズイ!』と心に鞭を打ち水泳やジョギング、テニス、フットサル等をはじめてみるも、根本的に運動が嫌いなため、どれも長くは続かない。
そんな中、自転車旅行で少しでも遠くへ行けるようにと始めた最寄駅までの自転車通勤は、1日400円のバス代節約や、終バス時間を気にせずにいられる効果も手伝い生活にうまく根付いた。

こうして手に入れた「運動親和系」の日々は、緩んだ体を少しづつ若返らせ、さらには気持ちまでもを若返らせる好循環を生み、単調な毎日に新しい風を吹き込んでくれるのであった。

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「老化」を実感として感じ始めた我々団塊ジュニア世代にとって、いつまでも健康で若々しくありたいというのは共通の思いであり、自転車を「気軽に運動を行え、若さと健康を維持するためのツール」として捉えれば、皆で共感し合える新テーマを生み出せそうだとひねり出したのがこんな言葉だ。

『 Forever Young 〜あの頃の空を探して〜 』


「Forever Young」という部分は読んで字の如く前向きで若々しい体と心を持ち続けようという意味、そして「〜あの頃の空を探して〜」というサブテーマを付け加えたのは、「美容」とか「エステ」のように(表面的な)若返りではなく、活き活きと体を動かすことで、内面からの本質的な若返りを楽しみながら手に入れたいという思いを表わしたいと考えたから。

なんだか口にするのも恥ずかしいようなテーマとなってしまったが(笑)、この言葉を旗印に、かつて時間を忘れて遊び回った少年の頃のようにワクワクとした楽しい時を自転車を通じて実現しようではないか!!!




3. 新テーマ具現化の方策

 せっかく決めた新テーマを「絵に描いた餅」にしないために、これを具現化する企画を考えてみる。

まず思いついたのが『新テーマTシャツの製作』という案。胸にチーム名と「Forever Young〜あの頃の空を探して〜」の文字、そして背中にはこのTシャツに体型維持のバロメーターの意味を持たすために「Let's keep this size. 」と書いたTシャツを作ろうかと考えたが、「えー、本当に作るの?みんな恥ずかしくてすぐ着なくなるんじゃない?」との意見に気弱になり却下!

次に思いついたのが、『ママチャリGPの年中行事化(継続的な参加)』という案。これなら容易に実現できそうだが、 よく考えるうちに、『真冬の富士山麓の過酷な環境で他人と競い合うマチャリGPのイメージ』が、新テーマ「Forever Young〜あの頃の空を探して〜」に託した『美しい景色や爽やかな風に心の洗濯をしつつ、本来の自分と向き合い自分を昇華させるようなイメージ』と重ならないように思え、この案も却下!

新テーマへの想いを具現化でき、(大学受験から逃げるように出掛けたママチャリ伊豆旅行旅行の時のような)圧倒的なワクワク感や充実感を味わえる何か良い企画はないのだろうか?



. かつみ食堂(町田〜小淵沢)サイクリング  (2009年5月4日)

 そんな気持ちで迎えたゴールデンウイーク、爽やかで気持ちの良いこの時期に自転車に乗らないのはもったいないと、連休前半に(横浜開港150年祭とマス釣りに行き)家族サービスを済ませ5月4日にFREE DAYをゲット!丁度予定を空けられるというアベチャンと自転車自走で甲府に住む高校同窓生「マスター」のとんかつ屋「かつみ食堂」に飯を食いに行くことにした。

早朝5時半に町田の自宅を出発、15分遅れで海老名を出発したアベチャンと7時半に相模湖手前の三ケ木交差点で合流し、国道20号をひたすら西へ。
大月の猿橋(橋脚を使わずに両岸から張り出した四層のはね木によって支えられた橋。山口県の錦帯橋と並び日本三奇橋の1つ)を観光し、時計を見るとまだ10時、予定ではこの後石和温泉に入り「かつみ食堂」の夜の営業時間17時〜22時にとんかつを食べに伺うつもりであったが、このまま行くと甲府でかなりの時間を持て余してしまう。プランを再検討したところ、平均時速20kmで休まず走ればかつみ食堂昼の営業時間11時〜13時半に間に合いそうだと、早々に休憩を切り上げ猿橋〜甲府タイムアタックの開始!

城山ダム 相模湖 中央本線


今回アベチャンとの力の差を埋めようと導入した秘密兵器、ビンディングシューズで足とペダルを固定し、引き足も使いながら新笹子トンネルまで続く上り坂をグイグイと上る。すぐ目の前にそびえる山脈に、トンネルはすぐそこだとペースを落とさず本気モードで走り続けるが、道は山の間を縫うように続きなかなかトンネル入口に辿り着かない。そのうち右足首外側の筋が痛みだす。

『この嫌な痛みはビンディングシューズのせい?でも何故右足だけ?』

痛みの原因を探り色々試しながら走るうちに、僕のペダリングには右足を引き上げる時に踵を外側にひねる癖があると気付く(通学・通勤時ズボンの裾がチェーンに挟まらぬよう気を使ううちにこの癖が身に付いてしまったようだ)。この癖を許さないビンディングシューズの足の固定が痛みの原因のようだ。

そうこうしているうちにすっかりペースが落ちていたようで、後を走るアベチャンが「トンネルの前で待ってる!」と言葉を残し、あっという間に視界から消える。

『昼の営業時間の到着、ちょっと厳しくなってきたぞ。』

のどかな田園風景の中を単独走行していると、JOMOジャージのローディー(プロ?)のおじさんが、追い抜きがてら並走し話し掛けてくる。

「ここはフロントはインナーに入れた方がいい(ギアを軽くした方がいい)。ケイデンス50位で走ってると思うけど、軽いギアで65位まで上げてで走らないと脚が持たないよ。」

親切なおじさんのアドバイスに従いつつ、ヘロヘロになりながらアベチャンの待つ新笹子トンネル入り口に到着。

猿橋1 猿橋2 新笹子トンネル

 さて、本日最大の難関はココからだ。昭和33年に関門トンネルに次ぐ日本第2位の長さ(2953m)を誇り開通したこの新笹子トンネルは設計が古く、歩道なしの対面通行で道幅が7mしかない。笹子峠を越える6kmの迂回ルートを使えばこのトンネルを通らずに勝沼側に抜けられるが、平均勾配10%の笹子峠を登る気力や時間はもはや残ってない。排気ガス対策のマスクを装着、車から見えやすいように白いウインドブレーカーを着て、ライトを点灯、いざ新笹子トンネルに突入!

追い抜いていく車に注意しながら路肩の白線を目安に壁にへばり付くように走っていると、この世のものとは思えない轟音と共にトラック7台を含む集団が右肩すれすれを追い抜いていく。トンネルの穴を塞ぐようなサイズのトラックが発生する気流の乱れは予想以上で、ハンドルを取られぬよう細心の注意を払いこれをやり過ごす(アベチャンはトンネル内2カ所に掘られた横穴(待避所)でトラック集団が通過するまで退避していたそうだ。←この方法が正解だったみたい)。
トンネル中間地点を過ぎるとそれまでの上り勾配が下りに変わり自然とスピードが増す。スピードが乗り過ぎると気流の乱れや路面のギャップに車体が不安定になる気がして軽くブレーキを当てながら走行。小さく見えた出口の光は次第に大きくなり、無事トンネルを通過。

『ヤッホー!やっと抜けたぞ!後は下るだけだぁぁぁ!』

トンネルを抜けた解放感と下り坂の爽快感に自然と声がでる。上り坂でのタイムロスを打ち消すように快調に飛ばし(MAXスピード52.5キロ)、勝沼を超え甲府に入る。何とかかつみ食堂昼の営業時間中に到着できそうだが、閉店の13時ギリギリになりそうなので店の近くから電話を入れる。

「あれ、夕方来るんじゃなかったの?もうお昼締めちゃったよ。」

マスターはこれから配達に出るそうで、復路中に時間があれば寄ると伝え、近くのコンビニで弁当を食べながら今日これからの計画を練る。
せっかくここまで来たんだから、70km先の諏訪湖温泉で湖を見ながら温泉に入ろうと気分を新たに走り出す。

かつみ食堂 国道20号 長野 県境


中央自動車道と並走する国道20号は、甲府昭和、韮崎、と中央道のインターが近づく度に(高速道路休日1000円の景気対策のため)渋滞した高速に乗ろうとする車の列ができ走りづらいが、インターを過ぎると車は激減し思いのほか走りやすい。

しかしながら午前中の慣れないビンディングシューズでのタイムアタックがたたり、須玉を過ぎたあたりで脚の痛みと疲労で重めのギアは踏めなくなり軽めのギアでの回転数重視走行に切り替えるが、長坂の地名通り長い坂に次第に回転数も落ちてしまう。巡航速度が時速10キロ以下に落ち、全く疲れていない様子のアベチャンに、「まっちは上り坂を練習せにゃいかんな」と言われてしまう(涙)。

蓬莱橋 三保の松原 袋井花火大会


そのうちに今度は背中と首筋の痛みが気になりだした。アベチャンに道端の草むらで(車のドライバーの注目を浴びつつ)背中を踏んだり、筋を伸ばしたりしてもらうが、一時的に痛みは収まるものの走り出すとまたすぐに痛みが復活し思うように走れない。
だが同時に「いつも運動から逃げてきた自分が全身が痛くなるまで体を苛められた」という事実がうれしくもあり、苦痛の中にある喜びを(まるで自分がアスリートになったかのような気分で)噛み締めながら長野県への県境を超える。
16時頃、20号沿いに道の駅「信州蔦木宿」を発見、ここには「つたの湯」という温泉があるようで、ここを今日の最終到達地点と決め、この温泉でゆっくり汗を流す。

かつみ食堂で夕食を食べるためにJR中央本線小淵沢駅に行き時刻表を確認するが、休日夜のダイヤは予想外に少ないためかつみ食堂での夕食を断念、駅近くの定食屋で夕飯。
ゆっくりくつろぐうちに八王子行きの最終普通電車の時間が迫る。急いで駅に戻るが自転車を輪行袋に入れているうちに電車が発進してしまう。

『あらら、今日中に家に帰れなくなっちゃったじゃん!』

呆然としながら時刻表を良く確認すると、この後すぐ八王子行きの特急「スーパーあずさ」の最終便が来るようで、これに乗れば八王子まで辿り着けるようだ。急いで2490円の特急券を買い、この電車に乗る。<br>八王子から、JR、京王線を乗り継ぎ、自宅最寄り駅で自転車を組み立て11時半頃帰宅。もうしばらく自転車は見たくないって感じ(笑)。

【走行データ】
走行時間:8時間45分 走行距離:156キロ 平均スピード:17.8キロ MAXスピード:52.5キロ

小淵沢駅 小淵沢駅ホーム スーパーあずさ最終便




. 38才の誕生日

 この「かつみ食堂サイクリング」の1週間後に38歳の誕生日を迎えた。
数年前から良く耳にするようになった「アラフォー(around forty)」という言葉が当て嵌まるのは自分より上の世代だと感じていたが、40歳まで2年を切った自分は、まさしくアラフォーの仲間入りをしたと言える。

人生80年とすると、40歳はその丁度折り返し地点、これまでの往路は気力、体力、知力の全てが年々増大、人生の坂道をひたすら駆け上がるような日々であったが、これからの復路は能力の増大はあまり望めず坂の傾斜は緩くなる。もしかすると、坂を転げ落ちるような日々が、もうそこまで迫ってきているかもしれない。

そんな風に考えるうちに、「このまま30代を終わらせる訳にはいかない!」という焦りのような気持ちに心捕われる。

『では、自分は今何をやりたいの?何をやれば満足して30代を卒業し、納得して40歳を迎えられるの?』

そんな自問自答を繰り返すうちに、愛好会新テーマ『Forever Young〜あの頃の空を探して〜』を具現化するイベントをやりたいという気持ち(3、新テーマ具現化の方策に記載)と、今回の「かつみ食堂サイクリングで諏訪湖まで走り切れなかった悔しさ」が結びつき、こんなアイデアが生まれる。

『30代の総決算(10年に1度の大イベント)として、日本海まで走るイベントをやろうじゃないか!』

日程は僕ら同期にとって30代最後となる2011年ゴールデンウイークと勝手に決定!まだまだ先の話ですが、まっち単独でも行く所存で密かに(?)計画中ですのでぜひ賛同して頂ける方一緒に走ろう。



6. 小淵沢〜糸魚川サイクリング(2010年5月4日)

(1)計画
 上記『日本海までを一気に走るイベント』を行う前に、走り残している小淵沢〜糸魚川区間を走り、日本海までの全体の行程を把握しておこうと、2010年ゴールデンウイーク数日前にアベチャンを誘う。しかしながらお互い予定が詰まったゴールデンウイークに日本海までの往復に必要な2日間の日程を割り込ませられない。泣く泣く計画をあきらめようとしていると、新潟出身のイトーチャンがいいことを教えてくれた。

「ゴールデンウイーク中は、糸魚川から上野に直通する臨時夜行列車『能登』が走るから、これに乗れば1日で行ってこれるんじゃない?」

『それだ!』とばかりに激激に予定を調整し、昨年小淵沢まで走ったのと全く同じ5月4日に何とかアベチャンとの予定を合わせ、当日では入手が困難という往路輪行用「あずさ」と、復路輪行用「能登」の指定席券を緑の窓口で購入、サイクリング当日の朝を迎えた。


(2)日本海を目指せ!(前編/小淵沢〜松本城区間)
 「寝坊したから特急に間に合わないかも?」とメールをよこすアベチャンと八王子駅で落ち合い、7時29分発のJR特急スーパーあずさ1号に飛び乗り一路小淵沢駅へ。『なんだよ、あれからもう1年が過ぎちゃったのか』なんて言いながら昨年自転車をばらした同じ場所で自転車を組み上げる。今日1日どんなドラマが待ち受けているのか期待に胸を膨らませながら心地良い春風の中日本海に向けて走り出す。

小淵沢ホーム 小淵沢駅前 道の駅「信州蔦木宿」

昨年最後に苦しめられた国道20号の「富士見峠」の上り坂の続きは30分程であっけなく終わり、その先はなだらかな下り坂。できるだけペダルは回さず上体を寝かせたり起こしたりして風の抵抗でスピードを調整する「体力温存走り」でほとんど疲労を溜めずに上諏訪駅に到着。
今日は諏訪大社上社で御柱(おんばしら)祭があるらしく町中はかなりの賑わい。御柱祭も気になるが、自転車を始めるきっかけとなった小説「自転車少年記」に描かれている間欠泉の方が今日の趣旨に合っていると駅前の観光案内所で次に間欠泉が噴き出す時間を尋ねると11時半との回答。

『あと1時間以上あるけどどうしよう?』

150キロを超えるこの先の行程を考えると不安ではあるが、標高1000mの塩尻峠を越えれば後は多分下り坂ばかりでたいしたことはないだろうと、新鮮なおろしたてのワサビで名物のざる蕎麦を食べたり、自転車少年期記にも出てくる足湯に入ったりして時間を潰す。そして遂に間欠泉の噴き出す時間となった。

蕎麦屋 足湯 間欠泉

『えっ、これで終わり?』

温泉は一瞬2〜3m噴き上がったかと思うとすぐに勢いを失いほとんど蒸気だけになってしまった。 自転車少年記には「水柱は2階建ての建物や周りの木々よりも高く吹き上がる」と書いてあり、この巨大な水柱を見た登場人物の草太は「世の中には自分の知らないことがいっぱいある」と感じ、未知の日本海まで走る気力が湧いてきたというのだが、気力が湧くどころかかえって気が抜けてしまった。どうやら最近噴出量が減ってしまったらしいが今年1番の大がっかりである。

『この1時間半を返せ!』

間欠泉 諏訪湖 諏訪湖サイクリングロード

諏訪湖を過ぎてからは松本城を目指して走る。今回最大の難所だと思われる諏訪湖からの標高差250mの塩尻峠を一気に駆け上り、その先の気持ちの良い長い下でMAXスピード時速58キロを記録、そして、坂を下り切った所が長かった甲州街道の終点。この先は国道19号を北上するルートとなるが、松本市街が近づくに連れ信号や車、警官、観光客が増え思うようにペースを上げられない。昼過ぎに到着するはずだった松本城に着いたのは15時半になってしまった。

甲州街道の終点 松本城 国道147号



(3)日本海を目指せ!(中編/松本城〜白馬区間)
 ここで自分達の置かれている状況を整理してみる。
これまでに走った距離は約70キロ、あと3時間足らずで暗くなるというのに、この先約120キロの距離が残っている。そして臨時列車の発車まではあと8時間半。

『だんだん余裕がなくなってきたな。』

暗くなるまでに少しでも距離を稼いでおこうと、巡航速度30キロを目標に走り出すが、国道147号に入るとなだらかな上り坂とまさかの強い向かい風のダブルパンチに見舞われ速度が上がらない。どんなに頑張ってもやっと出せるのが20キロ、遅れを挽回するどころかさらに借金が増えていく。『もうすぐ下り坂になるだろうからそれまでの辛抱だ』と、必死にペダルを回すがここで一気に脚の筋肉を使い果たしてしまい、とうとう速度は10キロを下回る。暗くなるまで走り続けるつもりであったが北安曇郡松川村のセブンイレブンで休憩。『さっきから標高が100m上がってるよ!いつまでこの上り坂続くんだ?』等と雑談を交わしつつ店の片隅でのんびり唐揚棒を食べていると、アベチャンのキツイお言葉

「まっち、この先最低でも時速15キロを維持しないと能登に乗れないよ!」

今朝もスーパーあずさに乗り遅れかけた楽観主義者のアベチャンのこんな発言に急に血の気が引いていく。休んだ分だけこの先平均時速を上げねばならないと思うと、のんびり休む気も失せ、全く疲れを見せないアベチャンに、『まあ、ゆっくりしててよ』と言葉を残し、唐揚げ棒をくわえて一足先に走り出す。

糸魚川まで続く国道148号線に入ってからもダブルパンチの猛威は続き、夜行列車に間に合うかどうかがいよいよ微妙になってきた。
きっと(ルパン三世に出てくる)次元大輔だったら「面白くなってきたぜっ」なんて言うんだろが、今の自分にこの状況を楽しむ余裕はない。ルパン(アベチャン)の足を引っ張らないようとにかく効率良くペダルを回し前に進むことだけを考える。(帰宅後この辺りの標高を調べてみると、豊科が514m、青木湖が835m、実に300mも上っていた。どおりでスピードが上がらなかった訳だ)

北アルプス線 青木湖 菜の花畑

そして、木崎湖、青木湖を過ぎるとようやく下り基調となり平均速度がグッと上がる。 これまでの借金が減り、消え掛けていた希望の光が再び大きくなるにつれ気持も晴れやかになる。陽が沈むに連れ急に寒くなるが「田舎の夕暮れ」を楽しみながらイケイケモードで走り続け『ここまで来ればもう能登に乗れるだろう』と思えるセブンイレブン白馬神城店まで走り休憩。


(4)日本海を目指せ!(後編/白馬〜糸魚川区間)    NEW
 休憩を終え、冬季は多くのスキー客で賑わうであろうすっかり暗くなった148号線を北極星を目指して走りはじめると突然左膝が痛みだす。膝に体重を載せると激痛が走るため、止む無く左のビンディングを外し右足のみでペダルを回す。

『どうしてこんな肝心な時に、、、。頑張ってくれよ、俺の左足!』

下り坂ではなんとかペースを保てるものの、平地や上り坂ではガクッとペースが落ちてしまう。前を走るアベチャンの背中は暗闇に消え、再び孤独な自分との戦いとなる。

「神は(その人が)越えられる試練しか与えない」というのは僕の大好きな言葉であるが、この傷ついた脚で残り40キロを走り切れるのだろうか?
きっとこの膝の痛みは、劇的なフィナーレを迎える為に神が用意したシナリオなんだと信じて走り続けるが、左膝はさらに痛みを増していく。

『神様もう盛り上げ過ぎだって!』


19時半を過ぎた頃、白馬大池駅駅前でアベチャンが待っていてくれた。

「まっち、ここに駅あるよ。」

この言葉が「完走はあきらめ糸魚川まで輪行した方がいいのでは?」という意味を持ち、時間からしてこれが電車に乗る最後のチャンスであろう。しかしながら今回のルートは自分で決めただけにどうしても電車に乗る気になれない。「楽勝楽勝!」なんて言いながらアベチャンにルート説明をした今朝の自分が脳裏に浮かび、反射的に『このまま行こう!』と口から言葉が出て駅前を通過。

『もう後には引けない。糸魚川まで走り切るのみ』

と決意を新たにするも気持ちとは裏腹に膝の痛みは酷くなるばかり。コンビニ(ローソン小谷店)の明かりを見つけ休もうとするが、脚が上げられず自転車から降りることすらできない。仕方なく自転車を抱えて倒れ込む無様な方法で降りる。倒れた自転車を起こす元気もない。

『確実に追い込まれているな(やっぱり電車乗るべきだったかな)

この厳しい状況の打開策を求め、満身創痍の体を引き摺りコンビニ内を物色。
『湿布?バファリン?それともユンケル?』
気温の低下に連動して痛みが増した経緯を思い返し、脚を温めてみようとセロテープとハイソックスを購入。左膝にタオルを巻きセロテープで固定し、その上からハイソックスと長ズボンを履き、痛みを堪えてゆっくりと屈伸運動。走り出すと痛みはあるものの何とか両足ペダリングが再開できた。どうやら温めるという方向性は正しいようなので、ペダルの負荷を軽くして膝を冷やさぬよう下り坂だろうが常時回転させる走りに切り替える。

『脚が動くうちに少しでも距離を伸ばさなくては、、、』

小淵沢駅 小淵沢駅ホーム スーパーあずさ最終便

そうこうするうちにスキー場街を抜け10以上のトンネルが連なる県境の峠道に突入。この下り基調だが所々に上り坂が織り交ぜられている峠道には街灯が少なく自転車の貧弱なライトではあきらかに役不足。普段であればスピードを落とすところだが、膝への負担を少しでも減らそうと、うっすらと見えるセンターラインと勘を頼りに暗闇に突っ込んでいく。『前なんて見えなくても結構走れるじゃん』と思いはじめた頃それは起こった。

『ドカッ!』

タイヤチェーンで荒れた路面の凹みに車輪が嵌ったようで、自転車もろとも飛び上がり、一瞬ヒヤリとするが運良く転ばずに持ち堪える。『危なかった、、、。』

実はこの峠道での1時間は脳内モルヒネが大量に分泌されていたのかあまり良く憶えていない。 車のライトの恩恵を受けようと抜き去っていく車を必死で追いかけたり、すぐ脇を抜く長距離トラックに肝を冷やしたり、膝の痛みを堪えてペダルを高速回転して上り坂を一気に上ったり、と断片的な記憶はあるのだが、何だかそれらはTVゲームをやっているかのように現実味が乏しく、まるで夢の中での出来事のようだった。そして夢から醒めたのは「糸魚川市街とヒスイ峡の分岐の看板」が見えた辺り。ここまで来ればもう間違えなく能登に乗れるだろうと、暗闇に止まりアベチャンに話し掛ける。

『いやー、それにしてもすごい旅になったねぇ。多分今まで旅した中で1、2を争う強い印象の旅になったよ。』
「まっち道の真ん中走って危ないよ。」
『この状況で路肩走っていきなりぶっ飛ぶより安全そうだったからね(汗)。後続車はまず後のアベチャンに気づくから大丈夫だと思って(笑)。』
「そもそもこの道、夜自転車で走っちゃいけないような道だね(笑)。」

小淵沢駅 小淵沢駅ホーム スーパーあずさ最終便

日本海まであと数キロの位置にあるセブンイレブン糸魚川大野店で休憩。時間に余裕ができたので、日帰り温泉「ひすいの湯」に寄り汗を流した後、遂に日本海に到着。せっかくなので展望台に登り満点の星空と夜の日本海をしばし眺める。

『戦いは終わった、、、』

大きな達成感と安堵感。潮の香り、波の音、膝の痛みに、普段の自宅と職場の往復ではほとんど感じられない「生きている実感」を噛み締めていると、ほとんど疲れは無いというアベチャンから珍しくお褒めの言葉。「まっち全然スピード出なくなっちゃうし、すげー辛そうな顔してたからこれはもう完走無理だと諦めてたけど、最後スピード上げてきたのには驚いたよ。よく頑張った。」そんなアベチャンに道中のお礼を言い海を後にする。

糸魚川駅のホームで弁当を食べ、予定通り糸魚川発0時13分の夜行列車急行能登に乗る。翌朝大宮駅で下車し、新宿湘南ライン、小田急線を乗り継ぎ帰宅。長い長い長い1日であった。

【走行データ(小淵沢〜糸魚川)】
走行距離:184km、走行時間:8時間42分、平均スピード:21.0km、MAXスピード:58.0km



(5)日本海までを一気に走るなんて無理
 帰宅後、今回のルートの高低差をネットで調べているとこんなサイトを発見。

このルートラボの「糸魚川ファストラン」のルート、出発地点が高尾山になっているものの僕らが走ったルートとほぼ一緒。 笹子トンネルの際立つ高さや後半のアップダウンが良く分かる。

40歳を目前に控えた来年のGWに「日本海までを一気に走るイベント」を行うつもりで、その下見として昨年、今年のGWでこのルートを走ってみたが、2回に分けても厳しいこのルートを一気にで走るのはいくらなんでも無理がありそうだ。(小説自転車少年記に描写の無いコース後半はすんなり走れると思っていたのが誤算だった。)
決行すれば、事故がおきてもおかしくなさそうなのでこのイベントは潔くあきらめることにします。

〔甲州街道サイクリング編 完 〕